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自分にとっての大切な人ってどんな人?

仕事が軌道に乗って、なんやかんやある中で、なんとか今日を繋いできている。

軌道に乗るまでは色々あるけど、それを越えれば、どうってことはない日常がただ淡々と流れている。

最初の頃は、仕事を覚えるのに必死で、訳が分からない中をどんどん進んでいくけど、いつの間にかその時間も過ぎて、穏やかな時間に自然となっていく。

嫌なことを我慢してやったら、その嫌なことがどんどん嫌なことじゃなくなって、それがあって当然のことになっていく。

だから、最初あったしんどいことや苦しいことも実は、その後を楽しむために必要なイベントだったんだと振り返ってみて思う。

そんな中、あることに気付く。

自分にとって大切な人ってそういえばどういう人たちだったっけ?って。

それは、あなたの行動に影響を与える人

例えば、お父さんに言われたことによって、変わることもあれば、お母さんに言われても、変えないこともある。

それは一人一人違う。

自分にとって影響力がある人って誰?

決まってはいないが、その人の声や行動を観て、自分が変わるとしたら、少なくとも影響を受けている。

どんなことをどんな風に感じて、どんなことを思い、どういう風にやっていくのかは、その本人次第。

だから、自分にとって大切な人って言うのは、あなたの行動に影響を及ぼす人だと考えた方が良い。

そして、さらに、言っとかなきゃいけないことがある。

同じ人間でも、ある言葉を聞いて、ハッと気づかされる人もいれば、気付かないで素通りする人もいる。

なぜか。

それまでの過程が違えば、気付けないことも確かにあるってこと。

悩んで、苦しんで、戸惑って、迷った時間は無駄なんかじゃない。

それがないと分からなかったことが確かにある。

例えば、誰かの教えが高次元にあるとする。でも、自分がその次元に達していなければ、その教えにも気付けない。

自分がそのレベルに達していないのだから。

そう思うと、自分自身がどれだけのことを感じ、思い、考えて、動くのかは本人次第。

そうすれば良いってことなんかどこにもない。

そうなれば良いって願望しかない。

だから、確かめながら進むしかない。本当にこれで良いのか?って。

そういう風に生きていく中で、出会えた人こそ、自分自身を映す鏡みたいになるんだろう。

等身大の自分を観ること。

そこからでしか、現実は動かせないんだから、どうしようもないだろう。